「国家はなぜ衰退するのか:権力・繁栄・貧困の起源」(ダロン・アセモグル, ジェームズ・A・ロビンソン、早川書房)をオーディブルで聴いた。世界にある国家には経済的に繫栄しているところとそうでないところがあるのはなぜか?という問いを突き詰めた本である。よく似た地理的、歴史的、文化的条件にある2国(北朝鮮と韓国とか)でも、繁栄に差があるのはなぜか?筆者らは、その原因が政治体制にあることを、これでもかという実例で検証していく。
国家が繁栄するには、2つの条件があるらしい。まず、1.それぞれ独立して存在する小さな社会が統合した中央集権的な政府があること、2.中央集権的な政府の持つ権力が社会のさまざまな勢力(王、貴族、商人など)へと分散され、権力の集中が起きず、各勢力が持つ私有財産の保護と議会を通じた権力の流動化がおきること、である。1の条件が揃うと、比較的安定しかつ規模も大きい市場の形成が可能となる。さらに2の条件が揃うと、事業のアイデアを出し、投資をして、利益を得つつ、自分たちの立場を政治によるルール形成に反映できるようになる。この二つが揃うと、さまざまなイノベーションを起こすインセンティブが働き、さらにイノベーションに伴って起きる創造的破壊により社会構造が変化する。それが積み重なっていくことで、経済的な繫栄が起きる。と説明される。
過去の歴史を見ると、1はわりとよく起きるが、その結果、権力が個人と特定のエリートに集中した独裁的な社会ができることが多い。そうなるとほぼ間違いなく、エリートは、エリート以外の人たちを農場でただ働きさせ、私有財産を横取りし、奴隷にし放題な収奪的な社会が構築される。このような社会では、得られた利益がエリートに横取りされるのがわかっているので、イノベーションを起こすインセンティブがないし、また、イノベーションが起こす創造的破壊は、エリートや独裁者の既得権益を脅かすので、イノベーションそのものが敵視されることになる。
本書では、1から2が起きた事例として、主にイギリスの名誉革命の事例を挙げ、それをひな形として他のさまざま事例を比較検証している。その中で一瞬言及されるのが、古代メソポタニアにおける農耕の起源である。古代メソポタニアは、そもそも、豊かな狩猟採集社会であったにも関わらず、生産性の低い農耕が始まり、さらに、農耕が始まってから農耕を基盤とした国家が成立するまで、千年くらいかかり、さらにその間に何度も農耕が放棄されていたことが謎とされている。
これが、本書のシナリオだと説明ができるかもしれない。
まあまあ、中央集権的な社会ができる=>独裁者が生まれる=>一部の人が奴隷的身分となる=>収奪するには逃げないように農場におしこめて農業をさせるのがよい=>やる気がないので、イノベーションはなかなか起きない=>体制が不安定なので独裁者が失脚したり、奴隷が逃げたりしたりする=>農業を放棄
のようなシナリオが何度も繰り返されていたのだろうか。このような筋書きは、クレーバーの「万物の黎明」でも想定されておらず、今後の検討の余地があるだろう。