2017年2月28日火曜日

出芽酵母中心代謝ターゲットプロテオミクス

中心代謝制御メカニズムの解明を目指しています。代謝物を測定するメタボローム分析や、代謝の流れを測定する代謝フラックス解析も大事なのですが、代謝反応を触媒する酵素タンパク量の定量データも負けず劣らず重要です。細胞内代謝の流れを変えたいとき、酵母は、酵素の発現量の調節、あるいは翻訳後修飾の調節を通じてそれを実現しているはずですが、実際のところどうなっているのか、わかっていません。
そこで、出芽酵母をつかって調べてみました。

Matsuda F, Kinoshita S, Nishino S, Tomita A, Shimizu H (2017) Targeted proteome analysis of single-gene deletion strains of Saccharomyces cerevisiae lacking enzymes in the central carbon metabolism. PLoS ONE 12(2): e0172742. 

中心代謝酵素遺伝子が欠損するとその機能を埋め合わせるために、他の酵素発現量も変わるはずです。そこで、出芽酵母中心代謝酵素遺伝子欠損株30株を選んで、対数増殖期の酵素発現プロファイルを定量プロテオーム法で調べました。
定量プロテオーム法というのは、事前に決めたターゲットタンパク質の発現量を液体クロマトグラフ―トリプル四重極型質量分析装置で測定する手法です。今回は、110酵素の発現量が測定できました。その結果から、下記のような仮説が検証できます。

仮説1秘孔説:全体の代謝フラックス分布を制御する秘孔のような反応があり、その発現量制御が効いている。
生化学の教科書を見ると、解糖系はヘキソキナーゼ。、ホスホフルクトキナーゼ、ピルビン酸キナーゼのギブス自由エネルギー変化ΔGが大きく、とくにホスホフルクトキナーゼが律速点あるいは秘孔。あとは、ΔGがゼロに近いから、制御には関係なし。と書いてあります。が、1遺伝子破壊株ではさすがに、いろんな酵素の発現量が増えたり減ったりする傾向がありました。また、ホスホフルクトキナーゼの発現量変化と増殖などに全然相関がなく(論文では述べてませんが)、仮説1は違うみたいです。
また、同じ機能を持つ酵素(アイソザイム)が2種類以上あって1つだめでももう1つが発現して、機能補完しているという話もあります。調べてみると一つHxk1がhxk2Δ株で、 Idh2がidh1Δ株で、Tkl2がtkl1Δ株で、Pdc5がpdc1Δ株で特定敵に発現していました。なぜこの酵素群にはこういう制御がいるのか、がよくわかりません。
また、一部の変異株では、なぜかわからないけど特定の酵素が強発現する例、というのが見つかりました。Kgd1の発現はhxk2Δ株で例外的に増加しました。がその理由は謎です。

仮説2一括制御説:複数の酵素発現量が一括して増減する協調制御がある。
10年前くらいのマイクロアレイ全盛期に、マイクロアレイデータをかき集めて、遺伝子発現の相関ネットワークを作ると、解糖系酵素遺伝子が共発現モジュールになる。というような話がありました。30株のデータで酵素タンパク発現量の相関ネットワークを作ると、
・Gcr1/2p配下の解糖系酵素群
・Msn2/4p配下のトレハロース代謝系酵素群
がモジュールを形成していました。全体の変動の3割くらいがこれで説明できました。

仮説3翻訳後修飾説:発現量は些末な問題で、むしろ翻訳後修飾が重要。
これは調べていないのでよくわかりませんが、酵素発現量も大きく変化していたことから、発現量の制御が些末である。という証拠は今のところありません。

仮説4リソース限界説:酵素発現量を決めるのは、タンパク合成に使えるリソースが律速になっている。
中心代謝酵素は発現量が非常に多いことでしられています。これは解糖系のように代謝フラックスが非常に大きい経路で、可逆反応が平衡に達するためには大量の酵素触媒が必要だからである。と言われています。そこで、各酵素タンパク質の発現コピー数の文献データもとに見積もると
・1遺伝子欠損株では、酵素タンパク総量が増加する=>余分なリソースを利用して欠損遺伝子の機能を補おうとしている。
・が、増えるといっても1割強くらいまで=>使えるリソースが無限あるわけではない。限られたリソースをやりくりしつつ、代謝恒常性の維持に割り振っている様子が垣間見られました。

メタボロ研究者がプロテオをやってみた。という事実上のプロテオミクスデビュー論文であります。いろいろ酵素発現量が変化することが見れて非常に楽しく研究できたのですが、酵素発現量変化が代謝フラックスなど他のパフォーマンスにどのように寄与するのかまでは、全く手が届きませんでした。調べれば調べるほど謎が出てくるので、中心代謝にメロメロです。
なんだか、これまた謎の論文を書いてしまったと思うところ多数でありますが、今後はプロテオミクスを加味したトランスオミクス的アプローチで中心代謝の謎に迫っていきたいと思います。


また本研究では、島津製作所製ナノLCMS+トリプル四重極型LC-MS/MSのLCMS-8040が大活躍しました。特に、LCMS-8040の高速スキャン性能(300 ch/secは十分使える)がターゲットプロテオミクスを進めるにあたって、非常に有効でした。また、カラムはCERI、イオン源はAMR社製、スプレーヤーはFortis tipとオールジャパンの装置の優れた性能のおかげで十分世界と戦えるデータを出せたと、みなみなさまに感謝する次第であります。


本研究はひとえに当時技術補佐員だった富田淳美さんのスーパーテクニックによるものであります。また、定量プロテオミクス解析を実施するにあたって島津製作所の平野一郎様、小倉泰郎様から多大なるご支援いただきました。また、東大の黒田研の皆さまからは様々なご助言をいただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。