2018年11月9日金曜日

もしも生体成分分析専用HPLCがあったら4

バイオ分析では、細胞内の内因性代謝中間体の同定と、定量を目指します。内因性代謝中間体の特徴は、親水性が高い点です。アミンだったり有機酸だったりと溶液中でイオン化するアニオン性やカチオン性化合物のオンパレードであります。もともとHPLCに使うカラムは親水性相互作用を使った、順相系のものが使われていましたが、耐久性、再現性に問題を抱えていたそうです。一方、LC-MSの発展を強力に推し進めた薬物動態分野では、薬物や薬物代謝物など、比較的疎水性の高い化合物が分析対象だったこともあり、オクタドデシルシリル基(ODS)でシリカゲル表面を修飾した逆相系のカラムが好んで利用され、塩基性薬剤をシャープに分離できるカラムの開発競争が起きて、ものすごく高性能なカラムが現在市販されるようになりました。また、逆相系は高い耐久性、再現性があり、分析屋さんもこよなくODSカラムを愛してきました。一方、内因性代謝中間体は、逆相系のカラムで分離するには、疎水性が低すぎました。そこで、10年ほど前から、逆逆相とか、HILICという順相っぽいカラムが登場しています。が、どこかのシンポジウムで、「昔あんなに順相がイヤで、逆相に移行したのに、いまさらまた、順相を引っ張り出してくるってどういうこと?」というコメントを聞いたことがありますが、それくらい、逆相系への信頼があつい。のだと思います。

また、内因性代謝中間体には構造異性体が多く、ロイシンとイソロイシンとか、グルコース 6-リン酸、グルコース 1-リン酸とフルクトース 6-リン酸などの糖リン酸ように構造はそっくり。しかも重要な代謝物なので、しっかりと分離しないと分析として使い物にならない。という課題があります。そこで、HILICカラムを使って分離を試みても、標準化合物混合物ではうまく分離できたが、実試料ではピーク形状の悪化がおき、うまく分離できない。と事態が起きます。そうすると、HILICカラムの抱える耐久性、再現性の問題点に対してそれほどメリットがない。ということで、大きなブレークスルーには至っていません。

次に、逆相系カラムをいじって、内因性代謝中間体を保持できないか。というアイデアが出てきます。特にペンタプルオロフェニルペンチル(PFPP)基を導入したカラムで、内因性代謝中間体、特にアミノ酸が保持、分離できる。というのは大きな発見でした(確か味の素の方が12年くらい前に発見されたと思います)。フッ素が5個結合したベンゼン環とカチオン性内因性代謝中間体がどのように相互作用しているのかは謎ですが(π―π相互作用?)、そこそこの堅牢性のあるこのカラムの利用は着実に広がっており、今後のバイオ分析を支える重要技術となっていくと期待されます。あとは、PFPPカラムの需要が高まり、開発競争が起きて、どんどん性能が良くなる。という、勝ちパターンにつながるといいなぁとおもいます。

次なるアイデアとして、ODSに親水性の官能基を導入し、疎水性相互作用と、親水性相互作用の両方で化合物を分離するミックスモードといわれるカラムが開発されました。京都の雄、インタクトが販売しているアミノ酸分析用のカラムは、ロイシンとイソロイシンをばっちり分離し、LC-MSにもつなげるカラムとして、ミックスモードの可能性を示しています。一方、どの官能基をどういうふうに導入すると、糖リン酸をうまく分離できるのかはまだ、わかっていないようです。世のクロマトグラファーの挑戦が待たれます。

次に、移動相をいじることで、内因性代謝中間体の保持、分離の向上を狙うドーピング系のアプローチもあります。たとえは、移動相にEDTAを添加すると、サンプル中、カラム表面の金属イオンとキレートを形成するため、アニオン性の化合物のピーク形状が一気に改善した。というエーザイの小田さんらの報告は(Myint et al. Anal Chem 81(18):7766-7772)、まだまだ、改善の余地があることを示した。ということで画期的でした。ただ、EDTAの添加はLC-MSとの相性が良くありません。同様のアプローチとして、揮発性のacetylacetoneをキレート剤に用いる方法も出てきていますが(Siegel et al. J Chromatogr A 1294:87-97 )効果が微妙なようです。

さらに、メタノール/水/酢酸系に、トリブチルアミンをイオンペア剤として追加し、ODSカラムを使ってアニオン性の糖リン酸を分離する。という手法も登場しました。この方法は、グルコース 6-リン酸、グルコース 1-リン酸とフルクトース 6-リン酸をしっかり分離できるわけではないが、実試料を分析した時の破綻が少ない。ATP、ADP等の多価のアニモンも同時分析可能。ODSカラムの堅牢性を生かせる。等のメリットがある一方、トリブチルアミンは一度使うと洗浄できないので、他のメソッドとの共存がむつかしいという強烈な欠点もあります。われわれは、糖リン酸が測れないとお話にならない。という点と、ラボに古くなって使われなくなった、他の手法との共存を考えなくていいトリプル四重極のLC-MSがたまたまあった。という理由で、トリブチルアミンを使った方法をつかっていますが、だれにでもお勧めできるというものではありません。

また、糖リン酸を抽出後、化学的に誘導体化して分析する。というアプローチもあります。調べた限り、この方法とHPLCでの分離を組み合わせた例はないようですが(あったら教えて、、、)、最近われわれは、糖リン酸類を化学的に誘導体化後、「ガスクロマトグラフィー」で分離できることを示しました。GCやるな。とおもいます。

いずれにせよ、細胞内の内因性代謝中間体を気分よく、分離する技術はまだまだ発展途上です。最近は、薬物動態分野に向けた開発が一段落したようなので、これからは、バイオ分析に注力したカラムの開発、分離法の開発が進むことが期待されます。


2018年11月2日金曜日

もしも生体成分分析専用HPLCがあったら3

3.ミクロLCだ!

バイオ分析では微量成分を定量したいので、常に高感度化が課題です。感度に余裕があれは、必要なサンプル量が減らせる。並行して測定できる代謝物が増やせるなど、分析法全体が「ラク」になります。
検出器での感度向上はいい装置を買えばいい。という「お金」の話がほとんどですが、HPLCでの高感度化には知恵でなんとななる部分がだいぶあります。
HPLCの教科書には、カラムを細く(内径を小さく)すると感度が向上すると書いてあります。
100 * 4.6 mmのカラム+1.0ml/minの流量
100 * 2 mmのカラム+0.2ml/minの流量
の2条件で、同量のサンプルを分析し、ある成分が12秒のピーク幅で観測された場合、同じ量の成分が0.2mLあるいは、0.04mLの液相に溶けていたことになります。濃度は後者のほうが5倍高いので、感度が5倍、という理屈です。

ただ、これまでのHPLCとくにLC-MSの構成は薬物動態分野のニーズが色濃く反映していました。
・微量といっても薬物代謝物なので、割とあるからそれほど感度は大事じゃない。
・サンプル数が多いので、ハイスループット分析がしたい。
・セミミクロスケールの内径 2 mmの短めのカラムにサブ2ミクロンの固相を詰めたものを用い、液相を0.2-1.0ml/minくらいの流量に設定するのがいいバランス。流量を上げることでハイスループットな分析に対応できた。
・1.0ml/minくらいまでの流量であれは、ESIのイオン源の進化(ネビュライザガス+超高温の熱風を吹き付けて、蒸発促進)で対応できた。
・セミミクロスケールで要求されるデッドボリュームはそれほど厳しくなく、オートサンプラ等の構成が容易だった。
・ミクロスケール(カラムの内径が0.2 - 0.5mm、 2 - 50microL/minくらい)になると、ミキサー、オートサンプラ、ESIイオン源等をすべて再検討する必要があるが、そこまでして高感度を狙う理由がなかった。
・セミミクロスケールがいい感じ。

また、ナノLC-MSの構成はプロテオミクスのニーズが色濃く反映していました。

・サンプルが微量な場合が多く、より多くMS/MSデータを取得するためには、感度だけが大事だ。
・サンプル数はそれほど多くないので、スループットはあまり気にしない。
・ナノスケールの内径 0.075-0.1 mmの長めのカラムに3-5ミクロンの固相を詰めたものを用い、液相を100-400 nl/minくらいの流量に設定する。のがいいバランス。
・この領域だど、ネビュライザガスなしでESIのイオン化が可能だ。また、あきらかにセミミクロスケールより感度が向上する。
・流量が少ないので、高性能なシリンジポンプのポンプを用いることができた。ミキサーは不要で、ESIイオン源はむき出しで使うことで解決できた。また、ナノLCはどうしても動作が遅く、1分析の時間を短くするのがむつかしい(最低でも40-50分という感じ)が、スループットはあまり気にしないのでなんとかなった。
・ナノスケールがいい感じ。

一方、バイオ分析はわがままな分析です。
・微量の生体成分が測定したいので、感度は大事だ
・サンプル数もわりと多いので、ハイスループット分析がしたい。15-20分くらいのグラジエント分析を回したい。

ので、セミミクロスケールの分析の延長、次のステップとしてのミクロスケールにどうしても興味が出てきます。

これを実現するには

1.ミクロLC でバイオイナート化したもの
2.ミクロLC 用の内径が0.2 - 0.5mmくらいのカラムでバイオイナート化したもの
3.ミクロLC 用に最適化されたESIイオン源

が必要です。ミクロLCはアジレントが昔からラインアップに載せていたりしてあるにはありました。最近になって島津製作所がミクロLCとミクロLC用に最適化されたESIイオン源売り出すなど、いよいよミクロへの移行が実現化しそうです。ミクロLC=バイオ分析用と考えるなら、バイオイナート化が喫緊の課題です。また、ミクロLCはカラムのバリエーションが極端に少なく、これはまだ解決していません。ただSGEなど、もともと受注生産的なメーカーは、いろいろなミクロLC用カラムが使えそうですが、それでも、バイオイナートなカラムは、まだないようです。ミクロLC=バイオ分析用=バイオイナートが標準。
という夢のような時代が早く来るといいな。と思います。

一方、ミクロLCによる感度の向上がどのくらいあるのかははっきりしません。特に注意すべきは、上述の感度向上のロジックはUV検出器などで測定する「濃度」の話だという点です。導入するサンプル量が同じであれは、ミクロスケールでもセミミクロスケールでもMSのイオン源に入ってくる測定対象成分のモル数は同じになります。なので、イオン化効率が100%だったらミクロスケールでもセミミクロスケールでも同じレスポンスが得られるはずです。セミミクロスケールからナノスケールにスケールダウンしても、理論値通りの感度向上にはならないことはよく知られています(理論的には200-500倍くらい上昇するはずが、実際は数十倍だったりする)。ミクロスケールへの移行での感度の向上はほとんどないか、10倍程度くらいになると考えるのが妥当でしょうか(島津のミクロLCを試した先生によると実際に感度は向上したそうです)。
いずれにせよ、ミクロLCが、バイオ分析のフロンティアであることは間違いないでしょう。あと、内径4.6mmと2mmの間に3mmという時代があったように、2mmと0.5mmの間の1mmがブレークしたりしたら楽しい時代になりますね。