2023年5月31日水曜日

読書記録

 工作船明石の孤独(林譲治、早川文庫、全4巻)が完結した。林譲治のSF宇宙物は、「ウロボロスの波動」「星系出雲の兵站」「工作船明石の孤独」と20年近くかけて読み進めてきたのだが、「地球外知生体とのファーストコンタクト」「人類社会構造の変化」という2つのモチーフがどんどん変遷、進化するのを楽しんできた時間である。このうち、「ファーストコンタクト」は【ネタばれ削除】ということもあり、まずは行きつくところまで行ったように思う。もう一つの人類社会構造の変化も「工作船明石の孤独」でその勃興・進化過程と成立条件の詳細が解説される。集団に役割分担は存在するが上下関係は存在せず、目的別の集団が自律的に集合解体しつつすごい効率で種々の問題が解決される。という「超」能力主義的な集団であるが、じゃあそういう集団では仕事ができない人は何をしてるのかしら?という基本的な質問への答えは描かれていないので次回作が楽しみである。また、林譲治のSF宇宙物の真骨頂は、話の最後に急にはじけ飛ぶ、時空間スケールの切なさというか感情であろう。「星系出雲の兵站」はやや不完全燃焼だったが、「工作船明石の孤独」は最後グッときました。

DEEP LIFE海底下生命圏 生命存在の限界はどこにあるのか(稲垣史生、ブルーバックス)を読んだ。海底には長い時間をかけて堆積物が蓄積する。掘削して下へ下へ調べたところ、温度120度という物理的な限界になるまで微生物がいた。という最新研究をとても楽しく紹介してもらえる。海底の表層に堆積してから、時間がどんどん立つと手近なエサを全部消費してしまう。また、すごい圧力で砂粒がぎゅうぎゅう詰めで動き回れる隙間もないので堆積物に一緒にトラップされた微生物の中から、深度ごとの温度や利用可能な還元力源に合わせて菌叢を万年単位で変化して生き延びていくというストーリーのように思える。わからないのは、まず、細胞分裂がどのくらいの頻度で起きているのかである。ひょっとしたら数万年とか、下手したら1値億年くらい生きている細胞があってもおかしくない(しかし、どうやったらそれを調べられるのか、、)。そして、細胞分裂の頻度がものすごく低いと、進化もゆっくりとなるため、海低下のいる菌は、基本、最初にトラップされたときにいた菌ということになる。代謝屋的には、放射性元素と水のラジオリシスである。ウラン、トリウム、カリウムの放射性各核種から放射能が出ると、水と反応して水素ができるらしい。その水素をエネルギー源として生きている微生物がいるとのことである。

「戦前」の正体 愛国と神話の日本近現代史 (辻田真佐憲、講談社現代新書)を読んだ。明治維新から大日本帝国崩壊までの過程で、政治的正当性をめぐるイデオロギー戦や国威発揚において、神話がどのように活用されたのかを解説した良書である。たしかに日本書紀、古事記、特に国生み神話部分は、学校で教わってないのでわれわれは何も知らない。なのでまず、何か言いたい右よりの人は、国生み神話からネタを拾って何か言うと、オレ物知りで賢そうなこと言ってる!いう雰囲気を醸すことができて自己陶酔しやすく、耳障りのいいことを聞いたほうも、なにしろ何も知らないので、うわすごい!と飛びついてしまいやすい。一方、左の人は国生み神話というだけで拒絶反応が出てしまう。本書を読むと、まず、国生み神話がどのようなものかがわかる。次に国生み神話が後期水戸学でどのように解釈され、明治維新、教育勅語などなどの正当化に政治的に利用されたのか、さらに下々の民衆もその物語の力に乗っかって軍歌などを大いに作りまくって調子に乗り、最後は、国生み神話由来のストーリーを「日本は神の国」として利用するはずが、「日本は神の国だから世界を治める権利がある」=>「日本は神の国だから世界を治めなくてはならない」=>「それを邪魔するやつは非国民だ」となって、無謀な戦争にいたる。という理路を理解できる。これをしっていると、右よりの人の、国生み神話ネタのお話を、ああまたあれね、と言って聞き流せるし、左の人も未知なゆえの過敏感反応を防げるいわばワクチンとなることが期待される。よくわからなかったのは、今後、日本が自らの存在意義を世界に問うとき、みんながある程度納得できるストーリーを神話を抜きにして作れるのか、神話を入れなくてはならないとしたらどういうのが健全なのかである。結構喫緊の課題のような気がするので、著者の今後の展開に期待。

測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか? (ジェリー・Z・ミュラー、松本裕訳、みすず書房)を読んだ。最近の大学では、自分たちがさぼっていないことを外部(納税者のみなさまというか文部科学省)に説明するために、定量的に成果を示すことが求められ、それに応える作業にかなりの手間をかけているように思う。また、大学の社会的役割が多様なため、「全体として」のパフォーマンスを評価するために、さまざまな定量基準で評価され(論文数とか、外部資金獲得額とか、女性教員比率とか)、ランキング化されたりする。しかし、もちろん、評価される側はすぐ傾向と対策を立て「○○の定量基準を上げるためにどうすべきか」という会議に人員とリソースを費やし、多少犠牲をはらってでも数字を達成する、という全体としてのパフォーマンスが若干損なわれるソリューションを採用してしまうことが多い。つまり、なにかのパフォーマンスを評価するために、測定基準を設けることで、パフォーマンスが阻害される事態が起きる。また、自分が構成員から不人気なことを理解しているリーダーは、自分の正当性や実績を認めさせるために、定量基準に基づく評価値の改善(大学ランキングアップ!など)という客観的な指標を使いたいというニーズがあり、その実現のために、予算分配を材料に、現場にプレッシャーを簡単にかけてしまえることから、こういう事態は、良く起きるというより、基本そうなっているといえるだろう。本書はこのような、業績評価など一見、効率的に見える計測がどのようにしてバイアスを生むのかを山盛りの事例で説明してくれる。警察では予算や人事評価の指標となる重犯罪の発生率を減らすために、重犯罪が発生しても軽犯罪として処理する。病院でも予算や人事評価の指標となる退院患者の再入院を減らすために、患者を入院させず、ERに入れたりしているらしい。このように、ほぼすべての指標は、全体のパフォーマンスを上げるために、予算や人事評価の指標として使われるようになると、例外なく全体のパフォーマンスを下げることになることが指摘される。

本書が指摘するパフォーマンス評価はデヴィッド グレーバーのブルシットジョブに近い。一方、デヴィッド グレーバーにおいて、ブルシットジョブは人間を本質的に阻害する撲滅すべき対象であるのに対し、本書はどちらかというと、評価の功罪を明らかにして、うまく運用しようという現実的な路線であるため、若干破壊力は低めである。

【推しの子】1-11巻まで読んだ。てっきり完結していると勘違いして息子さんが買ってきたのを久しぶりのオフの日にまとめ読みして、完結していないことを発見した。大昔、大学のサークルの先輩が漫画(西村しのぶの「サードガール」)を一気読みして、完結していないことが判明して、「ああ時間を無駄にした」とぶちぎれていたのに驚いたのですが、その気持ち、いまならわかります。次、いつ読めるのかわからないので時間を割いたお話にはオチてほしい、のであります。世の忙しいみなさん、【推しの子】は完結していません。もうしばらく待ちましょう。今のところ「異類婚姻譚」と「父殺し」と「ガラスの仮面」の枠組みのお話のようなんですが、よくある父が不在の漫画ではない、母が不在で父も不在だったり、「ウズメノミコト」「【】の意味」あたりでちゃぶ台返しが来るかもしれません。息子さんが12巻以降も買ってくると思いますのでそれをよんだらまた報告します。









2023年5月6日土曜日

The Diplomat

NetflixでThe Diplomat を見た。アメリカの駐英大使が主人公というなかなか珍しい政治ドラマである。このドラマの特長は、極東の一般人にはなかなか感じにくいアメリカとイギリス間の政治的な軋轢が学べる点である。まず、イギリスはアメリカが好き勝手するのは全然うれしく思っていない。「良かれと思い付きでレ〇プに翻弄される」とか、羽振りのいい分家に勝てない本家の悲哀たっぷりである。さらに、アメリカのイギリスに対する不信感も半端ではない。本ドラマの首相のモデルは、おそらくボリス・ジョンソンであるように見えるが、任期がない議院内閣制の首相の立場、というものが、アメリカ人には根本的に想像できないようだ。あと、皇室という要素も一切出てこない。そうなると日本の首相の立場なんて全くわからないだろうということもよくわかる。
また、本ドラマをジェンダー批評的に読むというのは当然あり得るだろうが、当然すぎていまいち面白くなさそうである。シリーズ1はかなり宙ぶらりんで終わったので、はやくシリーズ2を見たい。