2023年8月31日木曜日

 「平治の乱の謎を解く 頼朝が暴いた完全犯罪」(桃崎有一郎、文春新書)を読んだ。

源頼朝は1190年に上洛した時に、摂政の九条兼実と密談を行い、こう言ったらしい。

義朝の逆罪、是れ王命を恐るに依てなり。逆に依て其の身は亡ぶと雖も、彼の忠又た空しからず。「父の義朝は忠義の心で、天皇の命令通り挙兵したが、天皇の裏切りで反逆扱いされ、殺された」

この本の筆者、桃崎有一郎氏はこれを読んで、「ああ、平治の乱とは、そういうことだったのか、、」と、膝ポンというか、目からうろこが落ちるというか、なるほどー、という瞬間を迎えたらしい。これは、ある謎について長年考え抜いた人(=研究者など)に時々訪れる至福の瞬間である。通説でも70%くらいは現象が説明ができなくもないが、いろいろな細部がしっくりとこないことにどうにも引っ掛かってしまい、あーでもない、こーでもない。といろいろ考えていると、ある時突然、その人だけにわかるヒントが開示され、より包括的に現象の説明が可能にある新たな仮説が生まれる。これは、優れた探偵小説にも似ている。警察による事件の筋書きに、どうしても納得できず、あれこれといろんな可能性を調べていくうちに、些細なことから、警察の筋書きが見落としていた真相が見えてくる。というものである。

桃崎有一郎氏はこの楽しさを読者と共有したく、歴史書としては極めて異例な構成を本書に採用した。まず、前半に平治の乱の事実関係を述べ、後半に真犯人を述べる解決編と、新たな仮説から見た平治の乱の再解読が行われる。この内容は例えばWikipediaの「平治の乱」とは全く異なる。私は歴史の専門家ではないので、桃崎説が正しいかはわからないが、その謎解きの過程は、きわめて魅力的で面白い、今年一番の読み物であった。

もともと、一般向けの歴史書には謎解き要素が強い。黒田日出夫氏の「国宝神護寺三像とは何か」(角川選書)や「謎解き洛中洛外図」(岩波親書)は、それぞれ、40代の人が小学生のころ「源頼朝」像と習ったイケメンが実は別人ではないか?上杉本洛中洛外図を書かせたのは誰か?という謎に解決を与えた研究過程が紹介されており、わくわくしながら読んだ。

「平治の乱の謎を解く」はより、大胆に本格ミステリの様式を歴史書に取り入れている点がすごい。しかし、いわゆる史学プロパーの他の研究者はこれをどうとるかが心配である。オカタい人達ではないとよいのであるが。

一方、これを発展させて、歴史を踏まえた本格ミステリの歴史探偵ものも作ってみるというのはどうだろうか。。時間を超えた捜査の後、探偵が時空を超えて、義朝、信西、二条天皇、後白河などの関係者を一か所に集めて、事件を解説し、犯人はあなただ!とやる。あれである。そもそもお話として面白いし、子供は歴史と歴史に興味を持つし、いいことづくめのように思える。

さらに調子に乗って同じ筆者の「「京都」の誕生 武士が造った戦乱の都 (文春新書)」「京都を壊した天皇、護った武士: 「一二〇〇年の都」の謎を解く (NHK出版新書)」を続けて読んだ。旅先でもkindleで本が買えるのは大変助かる。いずれも、摂関期末期から院政期、平氏台頭のあと、鎌倉幕府成立、建武の新制、南北朝時代の間で、検非違使がどういう経緯で来たのか?武士が政権の中心に進出した過程は?といった政治制度やその背後の価値観の変遷を一般向けに分かりやすく説明したもので面白かった。