2022年10月9日日曜日

A twist of the knive

The twist of a knive (Anthony Horowitz) を読んだ。 A Hawthorne and Horowitz Mysteryシリーズの4作目である。前作 A line to kill の、特に終盤に感じた、不完全燃焼を解消すべく首を長くして待った続編である。本書の著者であり、登場人物(語り手)でもあるHorowitz君は、Hawthorneというヤメ刑事と契約し、Hawthorneが解決する事件を3冊本にする。という仕事のために、Hawthorneにくっついて事件現場や関係者の聞き込みに同行しているうちに、犯人に殴られたり、拉致られたりというイタイ思いをしてきた。本書は1冊目の The word is murder が出版され売れているころの出来事らしい。1から3つめの事件の過程でHorowitz君の興味は、Hawthorneの過去の秘密に向いていくのであるが、3つめの事件となるA line to kill で、Hawthorne が特に終盤に見せた秘密主義的な振る舞いに嫌気がさした。なので本書は4冊目以降の契約をHorowitzが拒否するところから始まる(が、今読んでいるのが4冊目の本だったりする)。ちょうどそのころ、Horowitz君がシナリオを書いた舞台のロンドン公演が始まっており(初日にHawthorneは来ない)、それを酷評する記事を書いた評論家が翌日ダガーで刺殺され、現場に残された凶器には、Horowitz君の指紋がべったりついていた。Horowitz君は逮捕収監され、、Hawthorneは助けに来てくれるのか?という内容である。

どうも、このシリーズはあと4冊続くらしい。4冊目のタイトル案として「Hawthorne investigates」が蒸し返されていたが、もちろん却下されることを我々は知っている。でも7冊目に採用されたりしないか?また、本シリーズを貫通する謎が Hawthorne の過去であることも明示され、Horowitz君はHawthorneにその謎の存在を認めさせることをあきらめ、自分で調べることにした。さらに、本シリーズにおける最大の見どころは、現実とフィクションとの境界を極力あいまいにしたフィクションの成立である。The twist of a kniveでは、巻末の謝辞にまでフィクションが侵入してきた。読者としては、Hawthorne のツンデレに一喜一憂する Horowitzにきゃあきゃあしてればよいらしい。 

がんは裏切る細胞である

「がんは裏切る細胞である 進化生物学から治療戦略へ」 (アシーナ・アクティピス、梶山あゆみ訳、みすず書房)を読んだ。通常の細胞ではグルコースを解糖系でピルビン酸まで分解したあと、ミトコンドリアという細胞内小器官でさらにCO2まで酸化し、その過程で得た電子を電子伝達鎖で酸素に受け渡しつつ、巧妙に化学エネルギー(ATP)へと変換している。1つのグルコースが6つのCO2へと酸化される間に32-36個程度のATPを再生できるといわれている。一方、がん細胞では、グルコースを解糖系でピルビン酸まで分解したあと1ステップで乳酸へと還元し、細胞外に排出する。この過程で1つのグルコースが2つの乳酸へと変換される間に2つしかATPが再生されないため、圧倒的に効率が悪い。後者は運動時の筋肉など、酸素の供給が追い付かないときの緊急避難的なエネルギー獲得法と考えられているが、がん培養細胞はなぜか酸素が利用できても後者を行うことが知られている。これを好気的解糖と呼び、がん細胞が必ず持つ特性の一つとされている。現在の謎は、なぜ、がん細胞があえて効率の悪い代謝でエネルギーを獲得するのか、うまく説明できないことである。

うまく説明できないことがあるということは、大事な何かを見落としているシグナルだろう。本書はがん細胞を、これまでとは違う進化という観点から整理して、見直す視点を与えてくれる。まず、多細胞生物がすべてがん化すること、あと、面白い現象として、がん細胞が個体間を移動することが紹介される。さらに、がんになりやすさと繁殖率がバーターの関係にあることが示される。これは細胞の浸潤が起きやすい=>胎盤ができやすい=>がんにもなりやすいという仕組みで説明できる(なるほど)。筆者はここから、がんというのは不可避な現象であり、排除ではなく、共存しつつ制御する。という視点を提示しようとしている。また、がん化を防ぐ2つの防壁はアポトーシスと、免疫であることも強調される。これらも、厳しすぎるといろいろ不具合があり、寛容すぎるとがん細胞を排除できないというバーターの関係にある。残念なことに代謝は著者の主要なスコープには入っておらず、好気的解糖への直接的な言及はなかったが、非常に示唆に富む議論であることは間違いない。現在研究で進めているがん細胞の代謝フラックス解析結果の解釈に活用したい。


2022年4月20日水曜日

国道425号全線走破

 国道425号(三重県尾鷲市から和歌山県御坊市まで)は道路改良がすすんでおらず、日本三大酷道の一つに挙げられている。6年くらい前にバイクでツーリングがてら走破を目指して和歌山県側から進んだところ、下北山村の国道169号から、尾鷲に抜ける入り口で「通行止め通り抜け不可」の看板があり、断念。これはワイヤが破断した吊り橋の修理のためだった。その後、国道425号が全線走れるタイミングを、道路情報のページでちょくちょく確認してきたが、通行止めこそが国道425号の特徴というか持ち味の一つであることを思い知らされることとなる。まず、12月から3月末まではあちこちが冬季通行止めになる。さらに、大雨が降ると大体どこかで土砂崩れが起こり、その修復工事が終わる3-4か月後には、また雨が降って別のところが通行止めになったり、トンネルの修繕工事が始まったりして、全線走れるタイミングが2016年から2021年秋までは全くなかったように思う。ところが、2022年の3月に久しぶりに調べてみると、冬季の規制が終わる4月1日に、ついに全線通れるようになることを発見(その前も2021年10月29日から12月までの間も通れたらしい)。1か所時間規制通行止め区間が残るも、日曜日、休日は規制が解除される。

そこで、NC700Xでチャレンジ。走行距離はメーター読みで204.1km。

和歌山県御坊市塩屋交差点 7:35

和歌山ー奈良県境 9:19

備後橋 11:42

奈良ー和歌山県境 12:12

三重県尾鷲市坂場交差点 12:48 

やはり、龍神温泉から和歌山ー奈良県境までの区間が評判通り最も酷道度が高い。冬季の規制解除後道の掃除が行われていないらしく、枝やら小石やこぶし大の石がごろごろ落ちていて、車だとかなり時間がかかると思われる。

また、国道169号から尾鷲に至る区間を初めて走ったが、ダム湖沿いから山奥を抜け、狭いトンネルを超えるとあっという間に尾鷲の街に出る素晴らしいコースだった。

今度またいつ通れなくなるかわからないので、その筋の方は今のうちにぜひ。


2022年4月3日日曜日

調整インフレ政策は今がチャンスでピンチ

日本における調整インフレとは、ポール・クルーグマンが1998年に発表した論文に基づく政策である。リフレとも呼ばれる。第二次安倍政権で黒田日銀総裁体制となった2013年以降はマクロ経済政策の根幹となっている(山形浩生による積極的な翻訳活動が功を奏したのは間違いない)

1998年のクルーグマンの論文の指摘は、マクロ経済学で理論的にその存在が指摘されていた「流動性の罠」に、どうも日本の経済が実際にはまっているのではないかというものであった。不況になると、政策金利を下げる。これで、今、持っているお金を、貯金して金利を得るよりも、投資したほうが儲かる。お金を借りてでも、投資したら儲かる。ようになる。ついでにマネーサプライを増やすことで、借金をして事業を拡大したい人に回る資金を増やす。投資は、建物を建てたり、機械を買ったりするのに消費するので、総需要が増える。総需要が生産能力を超えると、売り手側が有利になって、価格を上げやすくなり、好景気、インフレとなる。

流動性の罠とは、デフレ経済のように、持っているお金の価値がほっておいても上がるような条件下で、金利をセロまで下げても総需要が生産能力を超えない場合に起きる。このような場合、マネーサプライを増やしたとしても、投資を増やす効果は弱くなる。

クルーグマンの論文では、まず流動性の罠が、IS-LM分析とは別のモデルでも起きうることを示しているようである。投資を十分に刺激するのに必要な金利がマイナスになりえることが理論的に示される。

次に、日本が本当に流動性の罠にはまっているのかが吟味される。当時(24年前)はバブル崩壊後の不況が長期化し始めたころで、実証的な証拠はまだ少なかった。しかし、黒田日銀総裁就任後10年近く、マネーサプライを増やしても景気が良くなったとは言えないところみると、日本が流動性の罠にかなり長い間がっちりはまっていることは間違いないのではないだろうか。

その次に短く触れられるのは、流動性の罠にはまった原因である。当時の日本では、不況の原因として不良債権問題とか、構造問題などが取りざたされていたが、クルーグマンはこれらミクロ経済的要因を一蹴し、「人口構成がいちばんの候補」であると指摘している。これもほぼ間違いない。今後人口が減り、消費も減ることが明らかなのに、内需のための生産能力への投資には慎重になるだろう。

つまり、日本では外国に物を売って稼ぐ。あるいは外国から買っていたものを日本で生産することが重要になる。それにはどちらかというと円安が望ましい。しかし、当時は、極端な円高のあとで逆のことが起きていた。また、リーマンショック後は通貨安競争が起きたため、円安にならなかった。

最後に検討されるのは、流動性の罠から抜け出す方法である。そこで出てきたアイデアが、インフレ期待を起こすことである。もし、インフレが将来にわたって起きると予想されるならば、実質的にはマイナス金利となる金利ゼロで貯金するより、投資をしたほうが儲かるため、総需要を刺激することが可能になる。追記」で述べられているインフレ期待とはたとえば、4% のインフレが 15 年続く」という期待を起こすことである。現在の政策では2%のインフレが目標となっている。これを実現するには

1.2% のインフレを実際に起こすために何でもする。

2.2% のインフレが起きた後も、これを長期間続ける。

ことを日銀が約束することになる。通常、中央銀行の役割はインフレが起きないようにすることなので、「これってえらくイカレた無責任な考え」となる。

私が最初にこれを読んだ時の感想は、「じゃ、どうやって% のインフレを起こすの?景気をよくする手段が、好景気の結果起きるインフレってどういうこと?」であった。この点については、クルーグマン自身もあまりはっきり書いていないのであるが、第2次安倍内閣では3本の矢政策の一つとして、異次元の金融緩和が行われた。でもこれが効かないのが流動性の罠なんじゃなかったけ??と思っているうちに、2%のインフレターゲットは達成されることなく、残り2本の矢も中途半端なまま、消費税を上げる逆噴射をしている間に9年近くが経ったのであった。また、この間マネーサプライを増やせるだけ増やしたが、増やした時に起きるはずの円安が起きているのかもはっきりしない。

が、2022年現在、世界経済が混乱し、輸入品の値上がりなどで、% のインフレが本当に起きそうな気配である。おまけに、アメリカが政策金利を上げたので、一気に円安が進んだ。つまり、1が達成され、輸出に向けた投資環境が整いつつある。次にすることは、これが長期間維持されると期待してよいことを示すことである。それには無責任になって見せる必要がある。

日銀は2022年3月17、18日の政策決定会議で金融緩和継続を決めた。さらに、3月28日には、国債の利回り上昇を阻止するため、複数日にまたがって国債を無制限に買い入れる措置をとった。これは、2.を本気ですると無責任になって見せたシグナルであると考えられる。

これに対して「現代ビジネス」では、野口 悠紀雄による「国家は通貨下落で破綻するー日銀の容認で現実化する円暴落の悪夢・中央銀行の最重要責務を放棄している」が出た。指摘はタイトル通り、「よい円安などない。国が破綻するのは通貨安による。中央銀行の最重要責務を放棄したらだめじゃん」という決め打ち系の議論であるが、円安による物価高=>庶民は大変という筋書きは多くの人を不安にさせるだろう。

また「東洋経済オンライン」には小幡 績による、「これまでとまったく違うヤバい円安が起きている デフレマインドに支配されているのは日銀だけ」も出た。「これは、大事件どころか、「大大大事件」である。」とあおりにあおりまくる。小幡氏の議論は、日銀がそうする理由は「政策の一貫性を示すため」であるとまで述べているが、これがリフレ政策の最も重要な点であることの説明はなく、中央銀行が無責任になっていることの批判を行っている。

この2つの記事をみてわかることは、日銀が2.をうまく実施しており「本当に無責任になって見えている」らしいということである。もし調整インフレ理論が正しいのなら、この状況は、失われた20年から脱却する大きなチャンスであるといえるだろう。

さらに、この記事からわかることは、調整インフレ、リフレ政策に対する理解が、論壇?をリードする論者でさえ、進んでいないように見えることである。野口氏は、中央銀行が最重要責務を放棄しているように見える理由を記事の中で述べていない。小幡氏の物価が上がってきたのだから、そして、失業率は低いのだから、異次元の金融緩和は終了する」という記述は、リフレ政策のポイントを踏まえていない。調整インフレ政策下では、2%のインフレが起きるまでは、金融緩和を行い、その後はインフレ率2%を維持するための金融緩和、引き締めが行われるだろう。また、昨今の不安定な世界情勢下では総需要を刺激するためのインフレターゲットが2%よりも高くなっている可能性がある。(さらに、もしこれらの記事が、日銀の政策を実現するためのブラフとして書かれたのであるなら、それはそれで非常に興味深い。)

一方、「本当に無責任になっているように見えている」なら、上記の記事のような批判が起きるのはやむを得ない。リフレ政策とは総需要を増やすためのマクロ経済政策であり、調整期間中には、短期的に庶民を圧迫することになるのは間違いない。しかし、政策そのものへの無理解から、輸出大企業を利するために、年金生活者を犠牲にするとはけしからん」という一般受けしそうなスローガンとして、リフレ政策をやめさせる政治的な圧力や、選挙の争点になったりすると、政策そのものが腰砕けになるかもしれない。ただ、その場合、流動性トラップから抜け出すための、リフレ政策に代わる政策が必要となるが、もちろん2つの記事ではそこまで述べていない。

というわけで、ここしばらくは調整インフレ政策にとっての正念場になると思われる。
















2022年1月12日水曜日

A line to KillとThe twist of a Knife

 A Line to Kill (Anthony Horowitz, Penguin) を読んだ。Daniel Hawthorneシリーズの3作目。本シリーズのウリは、作者であるAnthony Horowitzと同姓同名の登場人物が語り手となっている点だ。さらに、作中の世界に現実の世界を混ぜ込む遊びが行われている。本書は時系列的には、シリーズ第1作の「メインテーマは殺人 The Word is Murder」が出版される前にあたり、「The Word is Murder」として発売されることになる本の販売促進会議のために、Penguin Random Houseのオフィスへ、HawthorneとHorowitzが呼び出されるところから話が始まる。このオフィスは実在しており、会議に出てくるPenguin Random Houseの偉い人たちもおそらくは、実在するか、実在する人物をモデルにしたものだろう。その会議で、Alderney島で行われるBookフェスティバルに参加することが決まり、、というストーリである。オルダニーAlderney島はイギリス海峡のフランス寄りに実在する島で、本書の最初に掲載された絵図の通りに、主人公たちが宿泊するBraye Beach Hotelもその隣のThe Divers Innも実際にある。が殺人事件の舞台となるThe Lookoutの場所には、Google mapを見るとなにもなく、ここから先はフィクションのようだ。

本書を読んむとすごく違和感がある。というのもミステリの鉄則が守られていない。ミステリの鉄則その1である、第一の殺人は始まってすぐ起こせ、はさくっと無視され開始35%まで引っ張られている。主人公が必ず身を切る(イタイめにあう)。という鉄則も守られていない。一番大事なすべての伏線を回収せよ。という鉄則も守られていない。Penguin Random Houseでの会議への、Hawthorneの推理が当たっていたかわからない。絶対あるはずのLineをめぐる言葉遊びの解説もない。ほかにもHawthorneの謎の行動についてもオチはなく、謎解きの過程で、Horowitzが一番心配しているのは、もし○○が犯人だったら意外性もなく、面白くないので、本が書けないじゃん。点であるが、読者は、でも本を書いているからそうはならないんだろうな。と思いつつ、話が進むが、この伏線も100%回収されたような気がしない。読後にぜんぜんすっきり感はない。したがって、本書のみでの評価は低めになる。おそらく今年の年末に和訳が刊行されるであろうが、賞レースで前2作ののように、ダントツ1位をとれるのかビミョーである。が、本書の最後に、次作への伏線が用意されており、次作が楽しみなのは言うまでもない。

Anthony Horowitzの次回作は今年の5月に出るボンドものらしい。その次はAtticus Pund を飛ばして、本書の続編になるといいな。

追記(2022.3.1):と思っていたら、Anthony Horowitzの次次作 The twist of a Knife の予告が出た!こちらの期待通りのDaniel Hawthorneシリーズの4作目。予告文をみると”3作目までで、コンビを解消し、関係が冷え込んだHawthorneとHorowitz。Horowitzは新作の演劇 Mindgameを公開するがHawthorneは初日の招待に応じず。MindgameはSunday timesの評論家に酷評されるが、翌日、その評論家が小刀で心臓を刺されて見つかり、のちに、その小刀がHorowitzのもので指紋もべたべたあるころが判明する。Horowitzは第一容疑者として逮捕され、収監され大ピンチ。最後は「さらに絶望的な状況に追い込まれた彼は、自分を助けてくれるのはたった一人の男しかいないことに気づく。しかし、Hawthorneはその電話に出るだろうか?」と、盛り上げてくれます。8月に出るらしいので楽しみに待とう。