2022年10月9日日曜日

がんは裏切る細胞である

「がんは裏切る細胞である 進化生物学から治療戦略へ」 (アシーナ・アクティピス、梶山あゆみ訳、みすず書房)を読んだ。通常の細胞ではグルコースを解糖系でピルビン酸まで分解したあと、ミトコンドリアという細胞内小器官でさらにCO2まで酸化し、その過程で得た電子を電子伝達鎖で酸素に受け渡しつつ、巧妙に化学エネルギー(ATP)へと変換している。1つのグルコースが6つのCO2へと酸化される間に32-36個程度のATPを再生できるといわれている。一方、がん細胞では、グルコースを解糖系でピルビン酸まで分解したあと1ステップで乳酸へと還元し、細胞外に排出する。この過程で1つのグルコースが2つの乳酸へと変換される間に2つしかATPが再生されないため、圧倒的に効率が悪い。後者は運動時の筋肉など、酸素の供給が追い付かないときの緊急避難的なエネルギー獲得法と考えられているが、がん培養細胞はなぜか酸素が利用できても後者を行うことが知られている。これを好気的解糖と呼び、がん細胞が必ず持つ特性の一つとされている。現在の謎は、なぜ、がん細胞があえて効率の悪い代謝でエネルギーを獲得するのか、うまく説明できないことである。

うまく説明できないことがあるということは、大事な何かを見落としているシグナルだろう。本書はがん細胞を、これまでとは違う進化という観点から整理して、見直す視点を与えてくれる。まず、多細胞生物がすべてがん化すること、あと、面白い現象として、がん細胞が個体間を移動することが紹介される。さらに、がんになりやすさと繁殖率がバーターの関係にあることが示される。これは細胞の浸潤が起きやすい=>胎盤ができやすい=>がんにもなりやすいという仕組みで説明できる(なるほど)。筆者はここから、がんというのは不可避な現象であり、排除ではなく、共存しつつ制御する。という視点を提示しようとしている。また、がん化を防ぐ2つの防壁はアポトーシスと、免疫であることも強調される。これらも、厳しすぎるといろいろ不具合があり、寛容すぎるとがん細胞を排除できないというバーターの関係にある。残念なことに代謝は著者の主要なスコープには入っておらず、好気的解糖への直接的な言及はなかったが、非常に示唆に富む議論であることは間違いない。現在研究で進めているがん細胞の代謝フラックス解析結果の解釈に活用したい。


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