2022年4月20日水曜日

国道425号全線走破

 国道425号(三重県尾鷲市から和歌山県御坊市まで)は道路改良がすすんでおらず、日本三大酷道の一つに挙げられている。6年くらい前にバイクでツーリングがてら走破を目指して和歌山県側から進んだところ、下北山村の国道169号から、尾鷲に抜ける入り口で「通行止め通り抜け不可」の看板があり、断念。これはワイヤが破断した吊り橋の修理のためだった。その後、国道425号が全線走れるタイミングを、道路情報のページでちょくちょく確認してきたが、通行止めこそが国道425号の特徴というか持ち味の一つであることを思い知らされることとなる。まず、12月から3月末まではあちこちが冬季通行止めになる。さらに、大雨が降ると大体どこかで土砂崩れが起こり、その修復工事が終わる3-4か月後には、また雨が降って別のところが通行止めになったり、トンネルの修繕工事が始まったりして、全線走れるタイミングが2016年から2021年秋までは全くなかったように思う。ところが、2022年の3月に久しぶりに調べてみると、冬季の規制が終わる4月1日に、ついに全線通れるようになることを発見(その前も2021年10月29日から12月までの間も通れたらしい)。1か所時間規制通行止め区間が残るも、日曜日、休日は規制が解除される。

そこで、NC700Xでチャレンジ。走行距離はメーター読みで204.1km。

和歌山県御坊市塩屋交差点 7:35

和歌山ー奈良県境 9:19

備後橋 11:42

奈良ー和歌山県境 12:12

三重県尾鷲市坂場交差点 12:48 

やはり、龍神温泉から和歌山ー奈良県境までの区間が評判通り最も酷道度が高い。冬季の規制解除後道の掃除が行われていないらしく、枝やら小石やこぶし大の石がごろごろ落ちていて、車だとかなり時間がかかると思われる。

また、国道169号から尾鷲に至る区間を初めて走ったが、ダム湖沿いから山奥を抜け、狭いトンネルを超えるとあっという間に尾鷲の街に出る素晴らしいコースだった。

今度またいつ通れなくなるかわからないので、その筋の方は今のうちにぜひ。


2022年4月3日日曜日

調整インフレ政策は今がチャンスでピンチ

日本における調整インフレとは、ポール・クルーグマンが1998年に発表した論文に基づく政策である。リフレとも呼ばれる。第二次安倍政権で黒田日銀総裁体制となった2013年以降はマクロ経済政策の根幹となっている(山形浩生による積極的な翻訳活動が功を奏したのは間違いない)

1998年のクルーグマンの論文の指摘は、マクロ経済学で理論的にその存在が指摘されていた「流動性の罠」に、どうも日本の経済が実際にはまっているのではないかというものであった。不況になると、政策金利を下げる。これで、今、持っているお金を、貯金して金利を得るよりも、投資したほうが儲かる。お金を借りてでも、投資したら儲かる。ようになる。ついでにマネーサプライを増やすことで、借金をして事業を拡大したい人に回る資金を増やす。投資は、建物を建てたり、機械を買ったりするのに消費するので、総需要が増える。総需要が生産能力を超えると、売り手側が有利になって、価格を上げやすくなり、好景気、インフレとなる。

流動性の罠とは、デフレ経済のように、持っているお金の価値がほっておいても上がるような条件下で、金利をセロまで下げても総需要が生産能力を超えない場合に起きる。このような場合、マネーサプライを増やしたとしても、投資を増やす効果は弱くなる。

クルーグマンの論文では、まず流動性の罠が、IS-LM分析とは別のモデルでも起きうることを示しているようである。投資を十分に刺激するのに必要な金利がマイナスになりえることが理論的に示される。

次に、日本が本当に流動性の罠にはまっているのかが吟味される。当時(24年前)はバブル崩壊後の不況が長期化し始めたころで、実証的な証拠はまだ少なかった。しかし、黒田日銀総裁就任後10年近く、マネーサプライを増やしても景気が良くなったとは言えないところみると、日本が流動性の罠にかなり長い間がっちりはまっていることは間違いないのではないだろうか。

その次に短く触れられるのは、流動性の罠にはまった原因である。当時の日本では、不況の原因として不良債権問題とか、構造問題などが取りざたされていたが、クルーグマンはこれらミクロ経済的要因を一蹴し、「人口構成がいちばんの候補」であると指摘している。これもほぼ間違いない。今後人口が減り、消費も減ることが明らかなのに、内需のための生産能力への投資には慎重になるだろう。

つまり、日本では外国に物を売って稼ぐ。あるいは外国から買っていたものを日本で生産することが重要になる。それにはどちらかというと円安が望ましい。しかし、当時は、極端な円高のあとで逆のことが起きていた。また、リーマンショック後は通貨安競争が起きたため、円安にならなかった。

最後に検討されるのは、流動性の罠から抜け出す方法である。そこで出てきたアイデアが、インフレ期待を起こすことである。もし、インフレが将来にわたって起きると予想されるならば、実質的にはマイナス金利となる金利ゼロで貯金するより、投資をしたほうが儲かるため、総需要を刺激することが可能になる。「追記」で述べられているインフレ期待とは「たとえば、4% のインフレが 15 年続く」という期待を起こすことである。現在の政策では2%のインフレが目標となっている。これを実現するには

1.2% のインフレを実際に起こすために何でもする。

2.2% のインフレが起きた後も、これを長期間続ける。

ことを日銀が約束することになる。通常、中央銀行の役割はインフレが起きないようにすることなので、「これってえらくイカレた無責任な考え」となる。

私が最初にこれを読んだ時の感想は、「じゃ、どうやって2% のインフレを起こすの?景気をよくする手段が、好景気の結果起きるインフレってどういうこと?」であった。この点については、クルーグマン自身もあまりはっきり書いていないのであるが、第2次安倍内閣では3本の矢政策の一つとして、異次元の金融緩和が行われた。でもこれが効かないのが流動性の罠なんじゃなかったけ??と思っているうちに、2%のインフレターゲットは達成されることなく、残り2本の矢も中途半端なまま、消費税を上げる逆噴射をしている間に9年近くが経ったのであった。また、この間マネーサプライを増やせるだけ増やしたが、増やした時に起きるはずの円安が起きているのかもはっきりしない。

が、2022年現在、世界経済が混乱し、輸入品の値上がりなどで、2% のインフレが本当に起きそうな気配である。おまけに、アメリカが政策金利を上げたので、一気に円安が進んだ。つまり、1が達成され、輸出に向けた投資環境が整いつつある。次にすることは、これが長期間維持されると期待してよいことを示すことである。それには無責任になって見せる必要がある。

日銀は2022年3月17、18日の政策決定会議で金融緩和継続を決めた。さらに、3月28日には、国債の利回り上昇を阻止するため、複数日にまたがって国債を無制限に買い入れる措置をとった。これは、2.を本気ですると無責任になって見せたシグナルであると考えられる。

これに対して「現代ビジネス」では、野口 悠紀雄による「国家は通貨下落で破綻するー日銀の容認で現実化する円暴落の悪夢・中央銀行の最重要責務を放棄している」が出た。指摘はタイトル通り、「よい円安などない。国が破綻するのは通貨安による。中央銀行の最重要責務を放棄したらだめじゃん」という決め打ち系の議論であるが、円安による物価高=>庶民は大変という筋書きは多くの人を不安にさせるだろう。

また「東洋経済オンライン」には小幡 績による、「これまでとまったく違うヤバい円安が起きている デフレマインドに支配されているのは日銀だけ」も出た。「これは、大事件どころか、「大大大事件」である。」とあおりにあおりまくる。小幡氏の議論は、日銀がそうする理由は「政策の一貫性を示すため」であるとまで述べているが、これがリフレ政策の最も重要な点であることの説明はなく、中央銀行が無責任になっていることの批判を行っている。

この2つの記事をみてわかることは、日銀が2.をうまく実施しており「本当に無責任になって見えている」らしいということである。もし調整インフレ理論が正しいのなら、この状況は、失われた20年から脱却する大きなチャンスであるといえるだろう。

さらに、この記事からわかることは、調整インフレ、リフレ政策に対する理解が、論壇?をリードする論者でさえ、進んでいないように見えることである。野口氏は、中央銀行が最重要責務を放棄しているように見える理由を記事の中で述べていない。小幡氏の「物価が上がってきたのだから、そして、失業率は低いのだから、異次元の金融緩和は終了する」という記述は、リフレ政策のポイントを踏まえていない。調整インフレ政策下では、2%のインフレが起きるまでは、金融緩和を行い、その後はインフレ率2%を維持するための金融緩和、引き締めが行われるだろう。また、昨今の不安定な世界情勢下では総需要を刺激するためのインフレターゲットが2%よりも高くなっている可能性がある。(さらに、もしこれらの記事が、日銀の政策を実現するためのブラフとして書かれたのであるなら、それはそれで非常に興味深い。)

一方、「本当に無責任になっているように見えている」なら、上記の記事のような批判が起きるのはやむを得ない。リフレ政策とは総需要を増やすためのマクロ経済政策であり、調整期間中には、短期的に庶民を圧迫することになるのは間違いない。しかし、政策そのものへの無理解から、「輸出大企業を利するために、年金生活者を犠牲にするとはけしからん」という一般受けしそうなスローガンとして、リフレ政策をやめさせる政治的な圧力や、選挙の争点になったりすると、政策そのものが腰砕けになるかもしれない。ただ、その場合、流動性トラップから抜け出すための、リフレ政策に代わる政策が必要となるが、もちろん2つの記事ではそこまで述べていない。

というわけで、ここしばらくは調整インフレ政策にとっての正念場になると思われる。
















2022年1月12日水曜日

A line to KillとThe twist of a Knife

 A Line to Kill (Anthony Horowitz, Penguin) を読んだ。Daniel Hawthorneシリーズの3作目。本シリーズのウリは、作者であるAnthony Horowitzと同姓同名の登場人物が語り手となっている点だ。さらに、作中の世界に現実の世界を混ぜ込む遊びが行われている。本書は時系列的には、シリーズ第1作の「メインテーマは殺人 The Word is Murder」が出版される前にあたり、「The Word is Murder」として発売されることになる本の販売促進会議のために、Penguin Random Houseのオフィスへ、HawthorneとHorowitzが呼び出されるところから話が始まる。このオフィスは実在しており、会議に出てくるPenguin Random Houseの偉い人たちもおそらくは、実在するか、実在する人物をモデルにしたものだろう。その会議で、Alderney島で行われるBookフェスティバルに参加することが決まり、、というストーリである。オルダニーAlderney島はイギリス海峡のフランス寄りに実在する島で、本書の最初に掲載された絵図の通りに、主人公たちが宿泊するBraye Beach Hotelもその隣のThe Divers Innも実際にある。が殺人事件の舞台となるThe Lookoutの場所には、Google mapを見るとなにもなく、ここから先はフィクションのようだ。

本書を読んむとすごく違和感がある。というのもミステリの鉄則が守られていない。ミステリの鉄則その1である、第一の殺人は始まってすぐ起こせ、はさくっと無視され開始35%まで引っ張られている。主人公が必ず身を切る(イタイめにあう)。という鉄則も守られていない。一番大事なすべての伏線を回収せよ。という鉄則も守られていない。Penguin Random Houseでの会議への、Hawthorneの推理が当たっていたかわからない。絶対あるはずのLineをめぐる言葉遊びの解説もない。ほかにもHawthorneの謎の行動についてもオチはなく、謎解きの過程で、Horowitzが一番心配しているのは、もし○○が犯人だったら意外性もなく、面白くないので、本が書けないじゃん。点であるが、読者は、でも本を書いているからそうはならないんだろうな。と思いつつ、話が進むが、この伏線も100%回収されたような気がしない。読後にぜんぜんすっきり感はない。したがって、本書のみでの評価は低めになる。おそらく今年の年末に和訳が刊行されるであろうが、賞レースで前2作ののように、ダントツ1位をとれるのかビミョーである。が、本書の最後に、次作への伏線が用意されており、次作が楽しみなのは言うまでもない。

Anthony Horowitzの次回作は今年の5月に出るボンドものらしい。その次はAtticus Pund を飛ばして、本書の続編になるといいな。

追記(2022.3.1):と思っていたら、Anthony Horowitzの次次作 The twist of a Knife の予告が出た!こちらの期待通りのDaniel Hawthorneシリーズの4作目。予告文をみると”3作目までで、コンビを解消し、関係が冷え込んだHawthorneとHorowitz。Horowitzは新作の演劇 Mindgameを公開するがHawthorneは初日の招待に応じず。MindgameはSunday timesの評論家に酷評されるが、翌日、その評論家が小刀で心臓を刺されて見つかり、のちに、その小刀がHorowitzのもので指紋もべたべたあるころが判明する。Horowitzは第一容疑者として逮捕され、収監され大ピンチ。最後は「さらに絶望的な状況に追い込まれた彼は、自分を助けてくれるのはたった一人の男しかいないことに気づく。しかし、Hawthorneはその電話に出るだろうか?」と、盛り上げてくれます。8月に出るらしいので楽しみに待とう。


2021年12月27日月曜日

生命科学・生物工学のための 間違いから学ぶ実践統計解析

 生命科学・生物工学のための 間違いから学ぶ実践統計解析 R・Pythonによるデータ処理事始め、近代科学社Digital、川瀬 雅也 (著), 松田 史生 (著), 日本生物工学会 (編集)が12/17日に発売されました。ぱちぱち。

本書は川瀬先生と松田の2名で日本生物工学会和文誌に連載した記事をまとめたものであります。オンデマンド出版のため、Amazonで冊子を注文すると1冊づつ印刷されて送られて来るというスペシャルな仕様になっており、本屋店頭では立ち読みできない。そうです。電子版もあります。

出版に当たっての書き手の想いは本の「まえがき」を参照いただくとして、今回は内輪ネタを少々ご紹介です。日本生物工学会和文誌副編集長(当時)の岡澤先生と、生物工学会統計関連のご意見番である川瀬先生の間で、統計解析ができる人材の育成が学会としても重要、日本生物工学会和文誌おける連載企画を練ろう、という話が持ち上がり、統計解析を使って研究していたり、授業もしていた松田にお声がかかって、たしか2015年の年の瀬の新梅田食堂街の居酒屋にて、第一回打ち合わせが行われたのでありました。

「統計解析っていっても本はいっぱいあるし、あれもできます、これもできます。という話が多くてつまんないですよね。。」

「あと、実例が研究とかけ離れているのと、実例をもとに自分のデータで試しても、あちこちで間違えたりして、イマイチ自力で応用できないみたいですね」

「数式が出てくると眠たくなりますよね」

という意見交換の後、

「じゃあ、ネタをバイオテクノロジーに絞って、ありがちな間違いから学ぶ実戦形式にしましょう」

「数式や原理はミニマムでとりあえず動くRやPythonのスクリプトをつけましょう」

「眠たくならないように研究室の先輩後輩の会話形式にしましょう」

「わからない点はX教授に聞くことにしときましょか」

というような流れで案がホイホイとまとまり、2016年4月から隔月連載が始まったのでありました。

統計の土台部分を川瀬先生が書き、松田が脱線させるというスタイルで原稿を作っていきました。研究室の後輩、先輩をAさんと、B君としてジェンダーバランスに配慮したりしましたが、読者のみなさんからは、どうもAさんとB君が、怪しいのではないか、そればっかりが気になって、肝心の統計解析が頭に入らない。というコメントをいただいたときには、最も頑張った部分にご評価を受けて会心でありました。

本書の特徴は、選択と集中をかませて、読者が最後までたどり着くことに注力している点です。たとえば、P22の正規分布表の要約は、有意水準αが0.01と0.05のzの値だけ(2つしかデータがない)が載っております。一方、データを解析する際に一番間違えやすい部分である、サンプルサイズの議論はくどめにじっくり解説しました。

本書の原稿料は川瀬先生、松田にはまったく行かず、すべて日本生物工学会で有意義に使っていただける段取りですので、ここはぜひ、一家に一冊お求めいただけると幸いです。

データサイエンス本3冊一気読み

 

データサイエンスというものがなんなのかよくわかんなくなってきたので3冊まとめて読んでみた。

・ゼロからはじめるデータサイエンス 第2版 ―Pythonで学ぶ基本と実践 (2020/5/1), オライリージャパン Joel Grus (著), 菊池 彰 (翻訳)

内容:1冊でPythonの速習から、統計の基礎、確率、仮説検定、Webスクレイピング、機械学習、ナイーブベイズ、重回帰、ニューラルネットワーク、ディープラーニング、クラスタリング、自然言語処理、データベースとSQL、果ては、MapReduceにデータ倫理と、てんこ盛りである。これらのトピックを扱うコードを紹介しながら、コーディングのテクニックを適宜解説している。一方、各トピックは非常に短く、当然、初心者にはよくわからず、中級者には物足りないだろう。原理の説明というより、実装したコードから原理を理解してね。というスタンスなので、数式は少ない。これはいい。データサイエンスを学ぶ本というよりは、データサイエンス活用事例集。として使うのがよさそう。

想定される読者:授業のデータサイエンス演習に使うネタを探している教員。


・事例で学ぶ! あたらしいデータサイエンスの教科書(2019/12/17), 翔泳社, 岩崎 学

内容:データサイエンスの手法を網羅する気は全くなく、データサイエンスとは、データから因果関係を抽出するための手法であるという、明確な視点のもと、例題をじっくり解説しながら進んでいく。最後は因果関係を見出すための実験計画にまで踏み込んでいくのも必然であろう。一方、原理の説明を数式でぱっぱっとするため、たぶん、初心者には何もわからない。知っている中級者がみて、ああこの話しているのね。という確認には使えるだろう。あと、コードが少ないので、どういう風にそれを計算するのか、はわからないので独習者にはちとつらいか。講義の教科書向け。

想定される読者:この本を教科書にしている講義の学生。


データサイエンスの無駄遣い (2021/10/28), 翔泳社, 篠田 裕之

内容:中二病ぼっち課題を、超高度な手法で解決していく。データサイエンスっぽいのは、最初の「既読スルー判定ランダムフォレスト」の作成くらいで、あとはチャットボット、漫画を自動作成、プロジェクションマッピング、物理シミュレーションなど、どちらかというとMake系のネタが多い。あと、こういうものを作りたいと思った。作ったものを動かしたらこうなった。というお話部分と、それをどう実装したのか、という解説部分の2本立てになっているが、ネタが多岐に渡るため、実装部分は紙幅の都合上「こうしました」という説明にならざるを得ず、ノウハウや実装上のテクニックにまでたどり着けないのは致し方のないところか。また、作ったツールで問題が解決し、さらに方法論を割と簡単に応用できそうなのも、「既読スルー判定ランダムフォレスト」くらいであり、あとは、夏休みの自由研究ネタ的な趣がすばらしい。

想定される読者:コロナ禍で中学生の子供ができる夏休みの自由研究ネタを探しているお父さん。


3冊読んでますますわからなくなりました。


2021年11月29日月曜日

NC700Xのメンテナンス

 NC700Xに乗り始めて8年半経ちました。最近

・コーナーでふわふわして怖い。サスがへたり気味。

・エンジンの調子が悪い。NC700のエンジンは3000-4000rpmあたりにスムーズに回るおいしい領域があるが、最近はスムースにまわらない。それから。4000rpmより上でびりびりと振動がでる。

と絶不調だった。まず、足回りは、ある日リアサスがガンガン底打ちするようになり、完全に抜けてしまったようだ。そこで、バイク屋にもっていって純正品新品(手ごろな社外品がない)に交換した。しかし、マシにはなったが、まだコーナーでふわふわする。これは予想されたので、リアサス交換時にセンタースタンドもつけてもらった。ジャッキアップしてフロントフォークを外して、フォークオイルの交換をした。バイクをばらしたのは久しぶりだ。オイルは1Lでぴったりだった。

作業はサービスマニュアルとこちらのHPが大変参考になった。ありがとうございます。

その結果、NCの持ち味である起き上がりこぼしのような安定感が復活した。よしよし

次はエンジンである。エンジンオイルの交換をしてみたが、はっきりとした効果がない。プラグもエアクリもまだ寿命を超えていない。Fuel oneを添加したり、ハイオクガソリンを入れたりすると、効果はあるが、完治しない。そこで、タペットクリアランスの調整をしてみた。

NCのエンジンは、SOHCでロッカーアームで駆動し、タペットクリアランスはねじで調節できる。が、これはずれやすそうだ。ので、NC700Xのサービスマニュアルでは、タペットクリアランスの調整は14000kmごとにすることになっている。

また、NC700Xはエンジンが前傾しているため、割と簡単にシリンダーカバーを開けて、ロッカーアームを拝むことができる。これまた、サービスマニュアルを見て、作業内容を確認しつつネットを探すと、、、ありました。そのものずばりの動画が見つかりました。これはありがたい。。

タペットクリアランスを確認すると、2番シリンダーの吸気側のクリアランスがゼロになってました。まったく遊びのない状態。これはまずいのではないか、と思いつつ規定値に合わせて、作業を終わらせ、一走りすると、、スムースな3000-4000rpmが復活した。

追記:と思ったのもつかの間、さらに寒くなるとぐずぐずと不調になった。燃費も24km/Lまで悪化。そこで、オーバークールを疑い調べてみると、NC700Xのラジエター・サーモスタット不調によるオーバークールの記事を発見。早速サーモスタットを発注し、外装をヘルメットケースからバッテリーケースまではがして、交換した。半日仕事だった。その後、真冬の朝に一走りしたところ、症状の完治を確認。NC700Xももうすぐ9年になるので、あちこちガタがきていたんだなぁ。


NC700オーナーの皆さんでエンジンの不調を感じる方は、サーモスタットの交換+タペットクリアランスの調整がおすすめです。チューニングって感じですごく楽しい作業でした。

あと、分析機器もバイクも同じですが、調子がわるいとすぐメーカーに電話したりするおではなく、

・マニュアルを読む。

・工具をそろえる。

・自分で治せる範囲は治す。

のが人生を楽しくするコツですな。。





2021年8月24日火曜日

この理念

 大阪大学の全構成員は、6/11発の「大阪大学の全構成員の皆さんへ」という文書により、大阪大学総長選考会議より「この理念を指針として活動されることを」求められています。「この理念」とは「大阪大学憲章」の理念を指しますが、それがどんな理念なのかは文書には示されておらず、よくわかりませんでした。そこで、筆者はこれまでの不勉強の怠慢を深く反省し、心を入れ替えて「この理念」が意味するところをよく学ぶこととしました。

慶応大学や早稲田大学などの私立大学では、創始者が「建学の理念」を記した文書を残していることが多く、たとえば、慶応大学の構成員や学生は「気品の泉源、智徳の模範」といった理念の意味を解釈するものとして、福沢諭吉の弟子の一人に加わることができ、さらに、正統的な解釈を受け継ぎつつ、時代にあった独創的な解釈を実践することで、建学の精神を引き継ぐことができるという仕組みになっています。

法律をもとに設置されていたかつての国立大学には、このような建学の理念がそもそもなく、独立法人化した平成 15 年ころに各大学が「大阪大学憲章」に当たる文書を作成、公表した経緯があるようです。

まず、東京大学の「東京大学憲章」は、前文1800文字、本文3200文字という重量級で、憲章の改正規則を含めたり、「憲章の意義」という大項目を掲げ、本憲章の使い道を示すことまでしてるのは、東大が唯一です。「本憲章は、東京大学の組織・運営に関する基本原則であり、東京大学に関する法令の規定は、本憲章に基づいてこれを解釈し、運用するようにしなければならない。」とあり、(自分たちの教え子の役人が作った)法令の解釈権が東京大学にあることを示すことが主目的である。と明示しています。さすがである。といえましょう。

東京大学「東京大学憲章」5000文字

その正反対なのが京都大学です。京都大学の「基本理念」は前文が87文字、本文が445文字と東大の1/9しかなく、「自学自習を促し」「教育研究組織の自治を尊重する」などの伝統を盛り込みつつも全体としては、誰かが「京都大学」に対してかくあるべしと指示する憲法のような文章なのか、「京都大学」が構成員の行動の指針を示したのか、どっちともとれるようなとれないようなあいまいさを残すことで、この「理念」にその後の活動が縛られたくない感がひしひしとつたわる作りになっております。他の旧帝大系国立大も、文字数でいうと京大に近いようです。

京都大学「基本理念」532文字

北海道大学「基本理念と長期目標」1739文字

東北大学「使命と基本的な目標」1070文字

名古屋大学「学術憲章」935文字

九州大学「学術憲章・教育憲章」916+1013文字


われらが「大阪大学憲章」ですが、前文が220文字、本文が930文字と文字数では中位グループにあります。

大阪大学憲章「大阪大学憲章」1150文字

「大阪大学憲章」の特徴は、前文においてその源流「かねて大阪の地に根づいていた懐徳堂・適塾以来の市民精神を受け継ぎつつ」への言及がある点です。他にこういう記述をしているのは、札幌農学校を前身とする北大のみです。

さらに、各大学の憲章を読み比べてみますと、「大阪大学憲章」での「1.世界水準の研究の遂行」「2.高度な教育の推進」「3.社会への貢献」「5.基礎的研究の尊重」「6.実学の重視」「8.改革の伝統の継承」「9.人権の擁護」「11.自律性の堅持」に相当する内容は各大学で共通してみられます。一方、各大学が大事にしているキーワード(「門戸開放」(東北大)「フロンティア精神」(北大)「市民精神」(阪大憲章の「4.学問の独立性と市民性」))が独自性アピールとして盛り込まれています。

加えて「みんななかよく」というような「こうあるべし」という文章が掲げられるのは、前提として「みんななかよくなっていないから頑張ろう。」という状況にあると受け取るのが自然であり、「大阪大学憲章」が「7.総合性の強化」(部局間の連携)に掲げる内容は東大、京大も採用していますが、「頼むから部局間で仲良くしてほしいなぁ」という願望が垣間見えます。

「大阪大学憲章」がユニークなのは、「10.対話の促進」において、「大阪大学は、あらゆる意味での対話を重んじ、教職員および学生は、それぞれの立場から、また、その立場を超えて、互いに相手を尊重する。」としている点です。これに該当する内容は、上記の他大学には見られません。わざわざ書くということは、「大阪大学は対話が苦手で、互いに相手を尊重するのが下手だからがんばろう」という戒め、であるととらえるべきと思われます。

6/11発の「大阪大学の全構成員の皆さんへ」という文書が「大阪大学憲章の理念」を指針として活動することを全構成員に求めている以上、本文書そのものが、「対話の促進」を求めた大阪大学憲章の理念の実践の模範例であると思われます。しかしながら本文書の目標が、同会議が最近行った決定に関する対話の促進を求める学内の動きを終結させること、であるというのも明白であり、大阪大学憲章の理念に合わないように読めてしまうのは、もちろん筆者の不勉強に起因する、誤読であることは間違いありません。

では、「大阪大学の全構成員の皆さんへ」という文書がいう、「大阪大学憲章」の「この理念」とはどのようなものなのでしょうか?そこで、前文にはもっとも大事な理念が書かれるのではないかという仮説を立て、「懐徳堂・適塾以来の市民精神を受け継ぎつつ」という記述に注目してみました。本来は「重建懐徳堂」の復興を果たした明治、大正期の大阪市民の学問に対する熱意などを指すと考えるべきですが、大阪大学懐徳堂研究センターのホームページが筆頭に掲げているのは、江戸時代の懐徳堂の代表的な学者である「中井竹山」のイラストです。巨漢だったという「中井竹山」のコロッっとした人物画(結構かわいい)が「懐徳堂」のアイコンとして利用されていることからも、重要人物であったことがうかがえます。Wikipediaによると、中井竹山とは「懐徳堂の四代目学主として全盛期を支える」すごい人であったようです。その事跡として”懐徳堂を大坂における官立学問所とするべく、老中松平定信の来阪時に面会した”こと、学風は、”朱子学(武士階級が自らの立場を正当化するのに使った)を信奉し、朱子学を批判した荻生徂徠を厳しく排撃したが、懐徳堂では、徂徠の「古義学」を排斥することはなかった”ため、「傍目から見るとやや折衷学派的な態度に見えたようである。」などが挙げられており、やや体制寄りの傾向がある、原理原則よりは現実派という人物像が垣間見えます。これをもとに、「大阪大学の全構成員の皆さんへ」が言う「この理念」が「体制寄りの現実派精神を受け継ぐこと」を意味しているという仮説もあり得ますが、そもそも中井竹山についてWikipediaの記述のみに依拠してはならず(学生のレポートなら減点ですね)、これまた筆者の誤読でしょう。

「大阪大学の全構成員の皆さんへ」という文書は、「大阪大学憲章」の理念の正統な解釈の実践を宣言しつつ、一見すると「大阪大学憲章」と矛盾しているように見えてしまう、という謎を提示することで、「大阪大学憲章」とは、メタレベルで読解すべきが理念が存在する、開かれたテキストであることを示唆し、その解読をめぐる対話を促進しようとする、教育的意図と深い洞察にあふれた優れたものであります。今後も、「この理念」を指針として活動していきたいものであります。