2020年8月5日水曜日

真核代謝の起源 水素仮説とE3モデル

出芽酵母やがん細胞のとる代謝状態は、「理由はよくわからないがなぜかそうなっているもの」であります。そんな時は、系譜を初期設定にさかのぼってみるのが有効。というのはフーコー先生の教えでもあります。真核生物の起源は、αープロテオバクテリアがアーキア細胞内に共生してミトコンドリアになった20億年前のイベントにさかのぼると考えられています。代謝屋からみますと、この始原αープロテオバクテリアと始原アーキアがどのような代謝経路を持っていたのか?というは大変興味があるところです。

水素仮説


ゲノム情報が蓄積し始めた十数年前に、比較ゲノム解析が行われ、始原アーキアがメタン生産菌のグループに属したらしいことが示唆されました。メタン生産菌というのは海底、湖底や牛の腸内などにいて、水素 H2 と二酸化炭素 CO2 からエネルギーとすべての細胞構成成分を合成できる嫌気性微生物です。酸素があると生きていけません。また、αープロテオバクテリアには、多彩な代謝能力を持つ者がいます。これらをもとに真核生物の起源を説明する「水素仮説」が提唱されました(Nature (1998)392:37-41)。水素仮説を解説した一番面白い本は、ニック・レーンの「ミトコンドリアが進化を決めた」です。
  1. 始原αープロテオバクテリア(グルコースを炭素源として酸素を使った呼吸ができるが、酸素がないときにはH2 と CO2を排出してエネルギーを得ることができると想定)と始原アーキア(メタン生産菌)が嫌気条件下で出会う。
  2. 始原アーキアは、始原αープロテオバクテリアの排出するH2 と CO2が欲しいので両者はべったりくっつく共生が嫌気条件下で生じる。
  3. そのうち始原アーキア(メタン生産菌)は始原αープロテオバクテリアを完全に取り囲み、細胞内共生が始まる。
  4. 始原αープロテオバクテリアのグルコース取り込み能力が、始原アーキアに移動する。さらに、始原αープロテオバクテリア(ミトコンドリア)で生成したATPを始原アーキア(細胞質)に輸送するトランスポーターができる。
  5. ある日突然、酸素のある条件に移動する。酸素をミトコンドリアが消費してくれるので、始原アーキアでは不可能だった環境でも生育できるようになった!ミトコンドリアが呼吸でATPを効率よく生成できるようになった!
  6. めでたしめでたし
というのが「水素仮説」の代謝的シナリオの骨子です。これまでの真核起源研究では水素仮説が強く意識されており、数年前に始原アーキアに最も近いらしい、ロキ古細菌が新たに見つかった時は、水素を利用したメタン生産能力に関わる遺伝子が少なくともゲノムレベルでは備わっていることが、わざわざ論文として報告されました(Nature Microbiology (2016)1 :16034)。
しかし、水素仮説にもいくつか突っ込みどころがあります。
  1. 「始原αープロテオバクテリアのグルコース取り込み能力が、始原アーキアに移動する」というイベントの前提として、「環境中にグルコースがあること」があげられます。もし、始原アーキアがグルコース取り込み能力をゲットしてしまうと、始原αープロテオバクテリアと共生をする理由がエネルギーの獲得だけになってしまいます。
  2. 「始原αープロテオバクテリア(ミトコンドリア)で生成したATPを始原アーキア(細胞質)に輸送するトランスポーターができた」時点で、依存関係が確立するが、共生のきっかけとなった水素の出番がなくなってしまいます。
  3. そもそも、始原αープロテオバクテリアにこの共生関係を行う積極的なメリットがありません。
  4. さらに、「ある日突然、その細胞が酸素のある条件に移動する」までに、始原αープロテオバクテリアが酸素を使った呼吸能力を保持している理由が不明です。
  5. グルタミノリシスの起源が説明できません。
  6. サイズ的には無理があるのですが、酸素から隠れるためには、始原アーキアが始原αープロテオバクテリアに取り込まれたほうがいいような気がする。
どちらかというと、嫌がる始原αープロテオバクテリアを始原アーキアがあの手この手で取り囲み、むりやり共生関係を確立して、最初はあった愛情もお金だけの関係となり、いまではATP生産機関としてこき使っている。という筋書きになりましょうか。「パラサイト・イブ」で描かれたミトコンドリア像に近いものがあります。

E3仮説


先日、水素仮説につづく新設「E3仮説」が日本のJAMSTECの研究者によって報告されました (Nature (2020)577:519-525)。

始原アーキアに最も近いロキ古細菌の1種MK-D1 を海底から採取、培養に成功した。というものです。MK-D1 の代謝も当然詳しく調べられており、水素仮説にちゃぶ台返しをくらわすすごい成果です。

  • アミノ酸を食べ、炭素源としてATP生成に用いる。
  • グルコースは食べないらしい。フルクトースはFig.1に出てくる。
  • 右向き(炭素酸化分解の向き)に回るTCAサイクルを持っているらしい
  • 余剰の電子は水素にして捨てている。

とのことで、水素仮説が前提にしていたメタン生産菌とは全く逆の性質です。その他の知見をもとに提案されたのが「E3仮説」です。

  1. 始原αープロテオバクテリア(2ケト酸を炭素源として酸素を使った呼吸ができる)と始原アーキア(MK-D1に類似、酸素が嫌い)がちょっと酸素のある微好気的な条件で出会う。
  2. 始原アーキアからみると、始原αープロテオバクテリアの周囲は酸素が少ないので心地よい。始原αープロテオバクテリアからみると、始原アーキアから、アミノ酸からアミノ基を除いた2ケト酸をもらえるので、心地よい。という利点があるため、べったりくっつく共生が微好気条件下で生じる。
  3. そのうち始原アーキアは始原αープロテオバクテリアを完全に取り囲み、細胞内共生が始まる。
  4. 始原αープロテオバクテリア(ミトコンドリア)で生成したATPを始原アーキア(細胞質)に輸送するトランスポーターができる。
  5. ある日突然、その細胞が酸素豊富な条件に移動する。酸素をミトコンドリアが消費してくれるので、始原アーキアでは不可能だった環境でも生育できるようになった!ミトコンドリアが呼吸でATPを効率よく生成できるようになった!
  6. めでたしめでたし

「E3仮説」が真核代謝の起源を説明する仮説としてすごいのは、がん細胞のグルタミノリシスの起源を説明できる可能性がある点です。がん培養細胞はグルタミンをグルコースの1/5-1/10ほど取り込みます。この窒素を除いた2-ケトグルタル酸がミトコンドリア中のTCAサイクルに流入し、エネルギー源として利用しています(MK-D1はグルタミンを資化しないようですが、そこは拡大解釈してます)。もしこの性質がミトコンドリアの起源にまで遡るとすると、がん培養細胞におけるグルタミノリシスは、一種の先祖返り?と言えるようになるかもしれません。

一方、「E3仮説」にもいくつかまだ検証が必要そうな点があります。
  • MK-D1が始原アーキアにかなり近縁だったことは間違いなさそうですが、始原アーキアそのものではもちろんなく、培養できた最初の一例であるという点です。ロキ古細菌は、見つかった時点で新たに「ロキ古細菌門」という門を新設しました。これは、「脊索動物門」と同レベルですので、MK-D1で見つかったことをロキ古細菌門全体の特徴としていいのかは疑問が残ります。代謝はばらつきの大きい形質です。
  • MK-D1が生育する環境中にアミノ酸がそんなにあったりするのか?深海の海底の泥はカザミノ酸のような富栄養化された環境なのか、とても、疑問であります。むしろ、MK-D1が他の生物を捕食し、分解する。というのなら話のつじつまがあいます。次の論文はおそらくそれじゃないかと期待している次第です。
  • サイズ的には無理があるのはわかっています。わかっているんですが、酸素から隠れるためには、始原アーキアが始原αープロテオバクテリアに取り込まれたほうがいいような気がする。
今後、MK-D1のゲノム情報がKEGGなどに収録され調べやすくなると妄想がより一層膨らみ、今後のさらなる成果がわれわれの代謝に対する見方に大きく影響することになるでしょう。楽しみです。また、最も原始的な真核生物の代謝も、調べてみないといけないですね。

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